ティグ、へそ天する。

 これは、ベルヴァとセマルドが知り合ってしばらく経った頃のことである。
 ある日街中で、ベルヴァは見知った金髪の後ろ姿を見つけた。示し合わせたかのように振り返った彼は、ベルヴァを見つけると「姐さーん」と、いつものように人懐っこそうな笑顔を向けて手を振ってくる。
 ベルヴァはゆっくりと足を向けた。
「どもっす」
「久しぶりねセマ……——あ、お友達と一緒だった?」
 二人の距離が近づいたとき。ベルヴァは、セマルド以外の存在がそこにいることを知った。
 大柄の男だ。
 セマルドより遥かに長身で、大柄で、肌の色の濃い——そして、丸い獣耳を顔の両端に飾っている。
 筋肉質で腕も足も太い。少し長めの赤茶けた髪は硬そうで無造作に流れており、瞳は丸く大きくも、肉食獣を思わせる鋭さを感じさせる。
 男はベルヴァの物珍しそうな視線を受け取り、にやりと口元を歪めた。
 八重歯にしては、鋭利に尖ったその先端が口の間からのぞく。ベルヴァの目がすっと細まった。
「知り合いか?」
 男の低く太い声が響く。セマルドに問いかけた男だったが、顔はベルヴァの方に向いたままだ。
 セマルドはベルヴァを掌で示しながら、男に話しかける。
「ベルヴァさん。姐さん、こっちはティグラルカ。ハウラスティアって知ってる? そこの次男坊」
 セマルドの言い草から、ベルヴァはそのガタイの良い男も良家の出なのだと悟る。
 かくいうセマルド自身もレカムという名前の貴族の家から出ているが——貴族同士の繋がりなんかもあるだろうしねぇ……ベルヴァはそんなことをぼんやりと考える。
 すると、唐突にベルヴァの目前が大きな影で覆われた。
 ベルヴァが目を丸くして視線をあげると、すぐそばに、ティグラルカの顔があった。よく見ると精悍な顔つきをしている。野生味を隠せていない風貌ではあったが、育ちの良さを感じさせる雰囲気はわかる。
 ティグラルカの鼻先が、ベルヴァの目の前で、ひくつく。その仕草は獣が匂いを嗅ぐそれだった。
「あ、ちょ、ティグ兄……っ」
 セマルドが焦るような声を漏らす。
「——イイ匂いのする女だ」
「……あら」
 ベルヴァの声色が変わった。それに気がついたセマルドは、あからさまに肩を揺らして小さく、一歩引いた。
 濃い紫色の髪糸が、ふわりと揺れる。
「あなたは——どこの子猫なの?」
「なに?」
 片手を腰に添えて胸をはるその姿を前に、ティグラルカの顔つきが微かに険しくなる。
「子猫とはずいぶんな言い草だな」
「そう見えたからそう言ったのよ? かわいくって」
 セマルドは、もう二歩引いたところだ。
「イイ匂いって、どんな匂いだったの? 母猫のことでも思い出したかしら?」
 顔は笑っているのに眼光は獣のものより鋭く。妖艶で、何者にも屈しない芯が、その美しい姿勢に表れている。
 その瞬間。
 ティグラルカの目には、ベルヴァと、別の女性の姿がだぶって見えた。
「——ほら、かわいい」
 気がつけばベルヴァの足元には、それは大きな赤茶けた毛色を持つ、虎が寝そべっていた。
 彼女のしなやかな手が、ふわりとその頭を撫でる。すると虎はその場で四つ足の先と腹を天に向けて、ゴロゴロと喉を鳴らし出す。
「やだふわふわ〜これなら家で一晩中過ごしてくれたっていいわぁ」
 ベルヴァは上機嫌な声で、虎と化したティグラルカを撫で続ける。
 街のど真ん中で、大きな虎が腹を上に向けて寝転がっている姿に、通りすがりの住民たちが後ずさったり、悲鳴をあげたりしていた。
 ——姐さん……! さすがっす……!
 セマルドはひとり、やっぱり一生ついていく、と心に決めているところだった。
 後日——セマルドがティグラルカに話を聞いたところ。怒ったときの母親に似ていると思ったらつい体が……と、虎の獣性を核に抱える大柄の男は、こぼした。




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