死神族と悪魔族との、とある合同任務の折。
死神軍の中でも戦闘に特化した刃鳴隊の若手であるオルダンは、次の任務の地が悪魔領内であることと、より辺境の場所ということもあって、前日から少数精鋭の一個隊を率いて悪魔領で宿をとることになった。
夜が来る前に、オルダンが引き連れてきた一隊を受け入れ、宿へと案内してくれたのは、オルダンもよく見知った悪魔のひとりである。
戦闘員組織イジキネ所属の悪魔、ジナであった。彼女とは任務のたびに顔をあわせる同世代の悪魔ということもあり、オルダンがやってくるということで、案内係に選ばれたということだった。
ジナによる悪魔の町の案内も一通り終わり、オルダンの隊は、もう用意された部屋で休むだけ……という状態のときである。
「えーっと……あ、そうだ。言うの忘れてたわ」
ジナが書類を畳んだところに、ふと顔をあげる。
「どうした、ジナ」
オルダンが彼女の方へと不思議そうに進み出る。
「明日の朝、また私が迎えに来るから、勝手に外出ちゃダメよ」
「は?」
オルダンの目が丸くなる。ジナは続けた。
「建物から、出ないように」
「……お前が来るまでか?」
「そ。迷子になっちゃうからね」
さらにオルダンの首はひねられたが、ジナは、オルダンたちが何か問いかける前に、おやすみー……と言い残し去っていってしまう。
おかしなことを言われたな、とオルダンは素直に思った。
「——なぁ、ここまでの道、覚えているか?」
オルダンは振り返り、隊の同族たちに問いかける。
するとひとりが、そりゃあな、と答える。
「この宿の真向かいに、赤い建物があっただろ。目立つから、目印になるなとは思ったが」
「道筋も、町の入り口から然程複雑ではなかったですしね」
二人の言い分はもっともであった。他の者も、皆、似たようなことを言う。オルダンは自分の記憶とも一致する話に、ふむ、と頷いた。
——迷子になっちゃうからね。ジナの言葉を思い出すものの、彼女の真意がよくわからない。
彼女の言うことだから、まぁ何かあるんだろう——と深く考えることもせず、オルダンは眠りについた。
そして次の日の朝のことである。
二段ベッドの上で寝ぼけ眼でいたオルダンは、唐突に響いた叫び声で、ぱっと目を見開いた。
同じ状況だったらしい下段の死神が、ベッドから飛び出したのが見える。
「どうした!?」
「わからん、外からだ!」
二人とも寝巻きのまま、部屋から出て、叫び声がしたと思われる建物の玄関へと向かう。
そこには、先に起きて身支度を整えたばかりらしい隊のひとりがいた。どういうわけか、開け放たれた玄関の前に屈み、這いつくばっているように見える。
「何を——……っ!?」
オルダンと共にやってきた死神は、玄関にたどり着く前に、そこから見える景色を見て立ち止まる。オルダンも、息を呑んで佇むしかなかった。
玄関の向こうに広がるのは、昨日見た赤い建物がある景色などではない。
「オルダン! ちょっと、手伝って!」
名前を呼ばれたオルダンは我に返り、慌てて、這いつくばっている同胞の元へと駆け寄る。
彼は玄関の向こうに腕を精一杯に伸ばし、覗き込んでいた。玄関の外を見ると、そこには川が流れている。川べりに、建物の出入り口がぴったりと配置されている状態だ。
仲間のひとりが、当然そこに道があるものと思って外へ踏み出し、川へ落下しかけた。それを、もうひとりが咄嗟に腕一本で捕まえたらしい。——ということらしかったが、オルダンはわけがわからないまま、慌てて腕を添えて同胞を引っ張り上げた。
「どういうことだ! なんで玄関の前に川がある!」
誰かが混乱したまま、声を上げる。
昨日は確かに、この建物へ道を歩いて入ってきたはずだった。
一体何が起きているのか理解しようとするよりも前に、オルダンの頭に、ジナの顔が浮かぶ。
「ほらぁ。外でちゃダメって言ったでしょ」
「——……ジナ!」
振り返ると、ジナが立っていた。廊下にある窓が開け放たれている。そこから器用に入ってきたらしい彼女は、死神たちを見て、大丈夫?と問いかけながら玄関に進み出てそこを閉めた。
「一体なんなんだ……! そこに、川なんてなかったのに……!」
オルダンの問いかけに、ジナは平静なままで答える。
「動いちゃったのよ。死神族泊めるの初めてだって聞いてたから、もしかして落ち着かなくなっちゃうかなぁって思ってたけど、まさか川沿いまで来ちゃうなんて」
よっぽど居心地悪かったのね、と、ジナは笑う。
オルダンをはじめ、他の死神たちも目を白黒とさせてジナを見つめている。動いちゃった? 何が? 居心地が悪かった? ……一体、誰の話をしているんだ? そんな疑問が頭の中にひしめきあう。
その混乱しきりの表情に、さすがに気がついたジナ。あ、そっか、と指を鳴らした。
「死神領では、建物、動かないんだっけ?」
「——動くか!!」
その後——ジナからは、悪魔領では建物にも意志があり本人たちの機嫌で動いてしまう、ということを説明されたオルダン一行だった。任務先へ向かう前、死神族を体内に入れて居心地が悪かったらしい建物に対して、オルダンたちは律儀に頭を下げていたという。
町は動く
冥界