娘は、知っている。

 ネフィラが見守る中、ザヴァは相変わらず、手際の良さを見せつけるように料理を作り、飲み物をいれていく。
 カウンターから見えるオープンキッチンは、ザヴァひとりしかいないのに、まるで数人で切り盛りしているようだった。
 棚には多くの酒瓶。
 似たような色の瓶が並ぶのに、よく見分けがつくなとネフィラは感心する。
 その一方。
 グラスの輝きに隠れて、穏やかな光をたたえるものが、ザヴァの左手の薬指に間違いなく置かれていた。それを見つけ、ネフィラは顔色一つ変えず。しかし、内側は少しだけ跳ねるような心地がした。
 銀色の指輪。赤くて小さな宝石が二つ。
 淫魔たちの間で、昔から語り継がれている、絆を表す対の血の指輪だ。
(……今でも着けてるんだ。お父さん)
 それは、ネフィラが物心ついたときから、ザヴァの指からなくなったことなどないことを、ネフィラは覚えている。
 きっと今でも、どこぞを放浪している母親の指にもついていることだろう。
「お父さん」
 忙しい中だというのに、ネフィラの声に、ザヴァはすぐに反応をした。
「ん? どうした」
「ごちそうさま。――明日も来るから」
 ザヴァの動きが、ゆっくりと止まる。
 珍しいこともあるもんだと、言いたげな父親の顔。その視線の先に、表情の色などない娘の姿。それでも、どこかいつもより、口元が緩んでいたようにザヴァには見えていた。
「おう。気をつけて帰れよ」
 ネフィラは小さく頷き、ゆっくりとカウンターの高い椅子から下りると、店をひとり出ていった。